2009年12月13日日曜日

マルチタスクは可能だろうか

このところのダイジェストを一応記録しておこう。TLだと流れちゃうし。

前回が赤祭の第1回ミーティング後11月1日か。
となると、
1日:学祭でY-PACラジオ収録、花澤香奈ラジオ公録
7日:濱野さんレクチャ@北仲スクール
11日:赤祭冊子班ミーティング
13日:山本班エスキス
20日:卒計中間審査会
25~26日:20H設計
で、師走突入
3日:卒計後輩向け説明会
5日:nishitobe展
9日:エターナルフォース画像コア展、パントン展、コープヒンミメルブラウ展、東のエデン、建築クラスタ飲み
10日:ワタリウム藤村×マイクレクチャ
11日:山本班エスキス
てな感じか。あと、2回ぐらい赤祭ミーティングがあった気もするが、日付を覚えていない。

よく動いたのか、よく動いてないのかよく分からない。
インプットは割りにあったのかもしれないけども。
卒計は中間前で基本的な案は確定して、ひたすらスタディ。
ヘルプチームもだいぶ固まってきた。
この前はヘルプ来てるのに遅刻と言う大失態もしてしまったが。本当に申し訳ない。

卒計には結構インプットしたものが上手く作用してている気もする。
が、それ以外のことももうちょっとコソコソと上手いこと進めておきたいものである。

今一番面白くなりそうなことと言えば、赤祭(赤レンガ卒業設計展)の日刊フリーペーパーの発行か。
実現に向けて明日当たり企画書をざっと書いてしまわなければな。

というか、確実に書き方がツイッタ的になってきていていかん。
フリーペーパーとBlogとツイッタの使い分けがなかなか難しくなってきたな。

2009年11月1日日曜日

赤レンガ始動、あと携帯変えました

毎年関東圏の大学が連携して行っている、卒業設計展の実行委員会ミーティングに行ってきた。
今日のミーティング場所は東京都市大学、旧武蔵工。
この卒計展は例年横浜の赤レンガ倉庫で行われていて、今年は11大学が参加するそう。
全て学生の手作りで作っていく展覧会で、色々面白いことが仕掛けれそうでこれから楽しみ。
ちなみに横国は日本女子大と共に冊子制作がメインの仕事。

今日の主な議題はテーマ設定。
多くの大学から多くの作品が集まる中でどう展示を見せていくのか。
仙台を初めとした、多くの卒計展がひしめく中で、どう特色を出していくのか。
初対面の人も多い中で、なかなか濃密な議論ができたと思います。
しかし、何せ11大学いるのでスケジュールをあわせるのも一苦労。
ネット上の議論なども活用しながら、面白いイべントにしていきたい。

あと、携帯をDocomoのスマートフォンHT-03Aに変えました。
いわゆる、アンドロイド携帯ってやつです。
それに伴いiモードのメールアドレスが使えなくなります。
1,2ヶ月は有料の移行サービスを使って送受信できますが、そのうち使えなくなります。
すこしづつ案内のメール送りますが、緊急の用事がある方はniftyのアドレスに送っていただくかSMSでお願いします。
電話番号は換わりません。
電話帳の移行が一括で行えないので、案内メールも徐々に送ることになります。

2009年10月20日火曜日

Y-PAC.TV Vol.1公開開始!

Y-PAC初の動画企画Y-PAC.TVの第1弾の公開開始です!
Ondesignの西田司さんと担当スタッフの中川エリカさんへのインタビューです。



近日中にY-PAC.comの方にもUPしますが、ひとまずはこちらでご覧ください。
ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。

2009年10月14日水曜日

Scrap&Build, ArchiTV and more!















この一週間くらいはめまぐるしく色々な予定があった。
でも、今日の予定をすっかり忘れていて、失敗した…。
せっかく面白い繋がりが作れそうだったのに…。


まずは石塚直登と小泉瑛一によるフリーペーパー「Scrap & Build Vol.1」の発行。
9日に自宅に1000部届きました。順次配布中ですので見かけたら手にとって見て下さい。
ブログはコチラ

次にArchiTV2009に行ってきました。10日の16時からの講演会から参加して、翌11日の13時まで三田建築会館にいすわり続けました
。WSに参加するわけでもないのに、夜通しい続けた様子は、傍目からは奇妙だったと思います。
でも、夜中にY-PACradioVol.6を日大の中井翔也くんをゲストに迎えて撮ったり、色々してました。
フリーペーパーも配布させていただきましたし。

12日は日野先生の事務所に行って、ソツセイについてエスキスと言うか、アドバイスを頂きました。

ということで、久々に日記っぽいブログ。
次のポストでチョイまじめな内容を。

2009年10月10日土曜日

合意形成ツールとしての建築

去る8日、建築夜楽校第2夜行ってきました。
第2夜は「プロセスとローカリティーの関係について考える」というテーマ。
プレゼンテーションやディスカッションの内容についてはTwitterのハッシュタグ#yagakkouでの実況や、他BLOGなどで追って頂けると思うので割愛して、僕自身の感想を書きたいと思う。

僕が一番印象に残っている論点は、鈴木さんが繰り返し言っていたこと。
ステイクホルダーが膨大な量、例えば1万人とかの規模になってきたときに、家成さん、井出さんがプレゼンテーションしたようなプロセスが上手く機能するかという点である。
複数人(最低でも事務所の3人)が、互いに互いの設計を参照・改変・編集しあう家成さんの超並列プロセスや、その各ヴァージョンのデータの扱い方をタグとして残し、その履歴を面的に検索して設計を行う井出さんのプロセス。
これらの方法はクライアントや関係者が比較的少人数な場合上手く機能するけども、公共施設のような大人数では機能するか否かということだ。

この点に関しては、古谷さんの言っていた話に答えがあるように思う。
一種日本的な合意形成の話として、村である合意形成をしようとした際に、3日間老人たちがああでもないこうでもないと言い合って、4日目にじゃあ言いたいことは大体言ったし後は村長に任せよう、という風になるという話をしていた。
あるプロセスを経ることで、共同体における合意形成が何となくできてしまう。
その合意が正しいかとか、合理的かはあまり問題でなくて、共同の幻想が抱けるかどうか。
それは、プロセス自体に合意できるか、ということの方が結果よりも大きいのだと思う。
自分の意見がある程度反映されそうなプロセスで、議論や検討が尽くされたのなら、まあ、結果できたものが100%満足いかなくてもいいか、というのが合意形成だと思う。

ステイクホルダーが膨大な数になったとき実際意見が反映されるのは、膨大な母数から抽出された代表になってしまうのが今の現実だ。
そこに対して、情報技術が関わっていく事は有効だと思う。
それは、第1夜に小嶋さんが言っていた、沢山の矢印を単純化しないで、複雑なままに扱うということなのかもしれない。
ステイクホルダーの発する意見を情報技術によって掬い取って、使える限りの手段(BIM、模型、スケッチetc...)でシミュレートして、その際にどのデータを採用したか・しなかったかを明示して(タグと履歴)、更にバージョン違いでシミュレートして…を繰り返すことで徐々に合意を形成していく。
そのプロセスの開発・実装と運用を建築家が行う。
プロセスが仮に全く同じでも、データによって固有性が必ず発生する。
それはローカリティーといえると思う。

データはステイクホルダーの発する意見だけではなく、その場所の状況(五十嵐さんの言う気候・風・雨・雪・可能な施工技術などや中山さんの言うクローバー)も当然含まれる。
それら、膨大な変数をどのようなプロセスで合意させていくか。
現状では確かに、扱うべきデータ量や変数が、ある量を超えるとプロセスは上手く働かないとは思う。
そこには、アナロジーとしてでなく、情報技術の実装が不可欠だとは思う。

このことは結局、空間性の話とかに結びつかないとか反撃されそうだが、そんなことはない。
もし、か豊かな空間性のイメージが自分の中にあるのなら、如何にそれを実現できそうなプロセスを作り得るかを考えればよい。プロセスが空間よりも重要だとか、その逆だとかという話ではない。


長々と書いた割りに、まとまっていませんが、2夜分を聴き終えての感想です。
これから社会に出て行く身としては、じゃあ自分はどう振舞っていくべきかということになってしまうのですが。
夜楽校と言うだけあって、本当に勉強になりました。
数年~10数年の間に勉強させられるだけでなく、一緒に議論ができるようになっていたいとひしひしと感じる2晩でした。

2009年10月3日土曜日

フリーペーパー入稿

半日かけてフリーペーパーの入稿作業が終了。
最後PDFに変換する段階で結構てこずってしまった。
次回からはインデザインで統一して作ろう。

まあ、かなり前から構想していた小泉と共同出版のフリーペーパーですが、何とか1号完成。
1年弱の間で4号までの発行を予定しているので、今後も乞うご期待ということで。
フリペ用の専用BLOGも配布開始に合わせて公開していきます。
配布開始はおそらく10/10・11のarchiTVになると思います。
初回から無謀にも1000部発注したので、どんどん配布していきたいと思います。

色々と突っ込みどころはあるとは思いますが、積極的なアウトプットの実行として、毎号ブラッシュアップしつつ4号やりきりたいと思います。

2009年10月2日金曜日

データを誰が集めるか

最近は、どうも聞いたことを頭の中で咀嚼して、文章にするのに1テンポかかるようになった。
ちゃんとモノを考えるようになったと捉えるべきか、頭の回転が追いついていないと戒めるべきか…。

昨晩の建築夜学校について。
おおよそ小泉のような感想になってしまうのだけれども、ちゃんと自分の言葉で書いておこう。
やはり建築家というのは、どのデータを拾ってくるか、あるいは何をデータとしてみなすかという役割においてなくならないと思う。やっぱり中山さんにしかクローバーはデータとして認識できないと思う。
そして、そのデータをどのようなプロセスにおいて構築していけば建築となるか、を考えるのも建築家であると思う。
BIMは一般に建築のデータになりそうなものを網羅しているプロセスだけども、やはりそこにクローバーは組み込めない。クローバーを組み込むにはスケッチは有効だ。
データに対する適切なプロセスの開発を毎回、あるいは建築家ごとに行う必要がある。
その点を考えると、やはり藤村さんが言うように、建築を作っている人同士がその方法論を見せ合って議論していくような場は絶対に必要なのだと思う。それによって、方法論を互いに切磋琢磨していける。

その一方で、データを拾う作業そのものは建築家がやらなくてもよい可能性があると、僕は感じる。
例えばWikipediaやGooglemapには一般の人々が集めた無数の情報が書き込まれていく。
その情報の正確性の問題などはまた別にあるにしろ、その量は建築家個人が集められる量を遥かにしのぐ。
その情報を建築を作っていくデータとしてBIMのようなものにぶち込んでいくことは可能になるだろう。
もちろんその無数の情報の中から何を入力すべきデータとするか、パラメータとみなすかを選択する段階において建築家は必要なのかもしれないが。
この話は、建築単体と言うよりは都市計画や街づくりに関しての方が言える事かもしれない。
Y-PACradioVol.5においてアニメ「東のエデン」を引き合いに出したが、街にあふれるタグ情報を元に建築や都市が作られるようになれば、建築家個人の想像力を超えた建築を作っていくこともまた可能になるのではないだろうか。そもそも建築は建築家個人で作っているわけではなく、多くの人が前提として関わっているということを忘れるべきではないにしても。
セカイカメラの例もあるし、そのようにデータを拾ってくるツールは急激に進化を遂げている。

情報技術によって発見される、あるいは顕在化する、あるいは付与されるデータが、結果としてローカリティを地域や建築に与えていく可能性は大いにあると思う。
その辺の話が10/8の後半第二夜に行われるのだろうか。

2009年9月26日土曜日

スタンスの表明とモノにしていくこと

Twitterをやりだしてからは、ちょくちょく考えていることを断片的に書くから何かブログの更新は少なくなったな…。もともと多い方じゃないけども。

色々とくよくよしていたスタンスの方も、自分の中で一応の解決をみた。
どこを受けるかはまだ確定ではないけども、来年はもう一度大学院を受けることにした。
平たく言えば院浪して、半年か一年かはバイトをしながらってことになると思う。
来年は必ず受かるように、万全の準備を今からしていきます。

そして、来年のフォリオにもいいものを入れなきゃいけないし、
そんなこととも関係なく4年間の集大成としてのソツセイを開始。
まずは1回目のエスキスまでに骨格をまとめておきたい。
場所は今のところ関外全域で考え中。
山本先生の仰る地域社会圏のような地域的なまとまりと、活動や趣味といった生活スタイルのまとまりをダブルのレイヤーとして、結構広い範囲を敷地に設定して考えていきたい。
まずは徹底的な調査。
敷地の物理的な調査もだけど、この地域で行われている様々な活動(街づくりやそれに伴うアート活動など)を調査していく。

ソツセイと並んでこの残り半年で形にしていきたいことのひとつ、フリーペーパー。
遅れに遅れている作業だけども、何とか10月頭の入稿目指して作業中。
アーキTVには残念ながら団体としての参加はできなさそうなので、第1号を持参のうえ乗り込んで、議論に参加してきたい。ということで、10月10日までを完成目標にやってます。
しかしながら改めて、文章は書けば書くほど難しい。しかし、これも繰り返しの訓練しかないのだろう。

このところ小泉や村上なんかと今後Y-PACをどうしていくかって感じの話もよくする。
とりあえず今年で主要メンバーは大学卒業という節目を(おそらく無事いけば)迎えるわけだが、来年以降どうして行くのか。
いちどメンバーとじっくり話さないといけないだろう。
そういえば、五十嵐太郎さんのBLOGで超チラッとだけどY-PACについて言及していただいたところがあった。 http://www.cybermetric.org/50/
誰かに届いているのか分からないままやっていた活動だけども、少しでも誰かに届いていたのならやっていた意味はあると、久々に実感できた。

その他、卒本とか赤レンガとか詳細が謎だけど色々と手と首を突っ込んで行きたいこともあるので、残り半年も忙しくやって行きたいです。

2009年9月12日土曜日

ならば自分はどうするか?という問題

昨日はワタリウムのトークイベントの手伝いの後、中山さん・藤原さんたちと軽く打ち上げ。
その後、渋谷に移動して始発まで少しだけカラオケ。

ワタリウムで久々に大学のやつらの顔見たり、久々に小泉と話したり、藤原さんや中山さんの話を聞いたり。
やっと自分が大学院に落ちた実感とか、そろそろ卒制が始まるとか、大学も終わっちゃうとか、正直な話来年どうしようとか、そういう事に頭が回りだす。
突如として(もちろん可能性が十分にあったわけだけど)大学院という選択肢が今年は費え、来年は社会に放り出されることになると、卒制とかこの残り半年でやることの意味合いはかわってくる。
ある意味で自分のスタンスを、来年は学生と保留してきたわけだが、ここに来てスタンスをどう取るかは緊急の問題になる。

ホント、スタンスが定まってなければ、方法論もプロセスも話にならない。

とはいえ、そう簡単に自分の立ちたいと思う場所を、向きたいと思う方向を、すぐにはやっぱり決められない。
具体的にどうして行くか、つまり来年何をするのかはまだ断定して言えない。
けれどもこれはもう腹くくって、大学残り半年を濃密にがむしゃらに、でも冷静にやっていく、そのいい転機だと思う。

来年のあれこれと、それに向けた今年のあれこれを考えるのは不安ではありながらも、ワクワクするところ。

2009年9月7日月曜日

Re:クリエイティブシティ?

妻有のトリエンナーレに行ってきてちょうど似たようなこと考えてたからコメント。
小泉の元記事はこちら

>非クリエイティブクラスはどうしたらいいのか
まずクリエイティブクラスの定義を俺はよく理解していないというのはあるけども、非クリエイティブ層に何のメリットがあるのかは確かに分かりづらい。
妻有のように過疎化の進む地方において、アートがその場所の固有性とか潜在的な価値を呼び起こすきっかけになるというのはわからないでもない。
その結果、土地の人が自分の集落に誇りを持つとか、その地域にお金が落ちていく仕組みができていくとか、そういうことは非常に分かり易いメリットだと思う。
ただ、横浜みたいにそこそこに成り立っている都市部においてどれほどアートとかクリエイティブな行為がメリットを持つのかは、一般的には理解しづらい。だから浸透しない。

このへんまで、直接的なコメント。
以下は色々まとまってないけど考えたこと。

制度とか仕組みとか戦略とかあらゆる決定は常にその対象の外部を作り出す。
越後妻有のトリエンナーレはもともと合併予定だった十日町・川西・松代・松之山・津南・中里地域を対象にしている。つまり、地域を限定している。それはつまりイコールで対象に含まれない外部も生み出す。
また、その中でトリエンナーレに参加するかしないかは集落による。
地域に外部の人間を入れることは、先に書いたようなメリットもあるが、もちろん沢山のデメリットもある。
つまり、最終的にはやはり、地域の自主的な決断が必要だ。
もちろん、そこに積極的に情熱と信念を持ってアプローチしていく外部の存在も必要だと思う。
それは、マスタープランナーなのかもしれないけども、必ずしもそうでなくったっていいいとは思う。
まちづくり(地区計画とか)が結局住民たち自身の手によって作られて、維持されていくのと同じでクリエイティブシティという考え自体が強制されるべきではない。
そう考えると50年かけて民主的にやったっていいと思う。
妻有と違って横浜に緊急性はないでしょ。(←これは認識が甘いのかもしれないけど)
少なくとも住んでいる自分自身に危機感はそんなにない。
それが、東京依存の横浜的考えに毒されているからなのか。

クリエイティブクラスは自分のクリエイトのための空間や環境を結局自らの手で切り開くしかない。
それは、結局都市レベルとかじゃなくたっていい。自分のご近所だっていいのだと思う。
だから、ちょっと自分の中ではクリエイティブシティという考え自体がうそ臭く聞こえてしまう。
結局クリエイティブクラスが自分たちの創作に金を出せと言っているように聞こえてしまう。
でもまあ、自分のクリエイトしやすい空間(都市)を自分たちで必死に作ろうとしているのだから、まあいいのかもしれない。

…結局どっちつかずな見解だけど。

都市戦略は今後意味を持つのだろうか?
地域とか町レベルまで話を落とさないと結局意味を持たないのじゃないだろうか?
アーキテクチャは国の法律レベルで整備して、その利用は町や地域で自主決定する。
そして、いざ実行に移すときにはプロフェッショナルなアドバイザーがそれに助言する。
それは結局政治レベルで言えば道州制の導入だったりってことになるのかもしれない。
でも、自分自身にいえるのは、そのアーキテクチャを作っていく側なのか、利用する側なのかってこと。

つまりは、自分のスタンスを今後どう定めるか。
院試に落ちたこの時期に、改めて考えてみたけど。
具体的にどこに立ちたいというということはまだ良く分からない。
けど、やっぱり攻めて行きたいという考えは変わらない。

クリエイティブシティに未来があるかは分からないけども、クリエイティビティの持つ力は信じているから。

2009年8月29日土曜日

チクセキ

今日は5月の末に亡くなってしまった従姉の家に行ってきた。
初盆は院試前で行けなかったので、お線香を上げて、持ち物の整理を手伝ってきた。

彼女はすごく趣味が近くて、おばさんも価値の分かる、趣味の分かる人が持っていたほうが良いと言ってくれたので、色々と頂くことになった。
整理しながら、改めて彼女のことを尊敬した。
ものすごくたくさんの本を読んでいた。本だけじゃないけど、本の多さだけでもそのすごさは分かった。
ヨーロッパに旅行に行ったとき、国際郵便でダンボールいっぱいの本を送ってきたことをおばさんは笑いながら話していた。
多くの物事と経験と練習の蓄積が、彼女の人柄と彼女の描く絵にあふれていたのだと思う。
自分はまだまだだなーと思う。
まだまだ知らないことも、見たこともないことも、聞いたことのないことも、感じたことのないこともこの世界には満ちているのだと思う。

2009年8月26日水曜日

期待

ネットダイブをしていたらアーキTV2009の企画書PDFが落ちていたので拾ってみた。
以下抜粋。

学生ワークショップ2009Archi-TV 2009 「建築道-1/1のリアル-」建築の道を歩き始めた学生にとって、学校の建築教育では近いようで遠い「1/1」。そこでArchi-TV 2009では、さまざまな分野から建築をみるのではなく、建築そのものに目を向け「1/1」を実際に作り上げるまでの道のりを通して、建築のリアルな部分に迫ります。最終的に都市の中に「1/1」の空間をつくることで、建築とはなにか、建築になにができるのかを模索し、社会に対して学生によるリアルを表現します。今回、「1/1」の空間を追求する機会として野点空間をテーマに学生コンペを開催します。これにあたり、事前ワークショップ、24時間耐久ワークショップ、野点コラボプロジェクトの3つのイベントを企画しました。野点コラボプロジェクトでは、コンペ受賞作品を東京都内で行われる有数の茶会にて実施できるよう検討しています。24時間耐久ワークショップでは、1次審査を通過したコンペ案を「1/1」でライブ制作します。完成後ゲスト審査員による最終審査会を行い、各受賞作品を決定します。また、このコンペと並行して、ゲストを交え、講演会、ディベート、当日の来場者も含めたワークショップを行い、「1/1」について参加者誰もがフラットに議論する場としていきます。こうしてArchi-TV2009は「1/1のリアル」を目撃します。

だそうです。
24時間WSで施工って言うのは結構きつそう。未完成作品が並ぶって状態にならないか心配。
でも、ただ単に1/1作って、やったー!的な内容ではなさそうで、期待。
ぜひ当日行って参加してきたいと思います。
ちなみにHPはこちら

2009年8月23日日曜日

スケール1/1について思うこと・2

小泉へのレスを書いていたら長くなっちゃったので、新規投稿。

えてして学生が1/1って言っているものは、仮設とか、パビリオンとかなわけで、それそのものは目的ではなくて手段なんだよね。それを通して何をつかんだり何を学んだりしたいのか。
実施の建築って言うのは、それが建つこと自体が目的でありうるとは思うけど、それだって建てる事でそこに何かを起こしたいとか、どう使うかとかってことを考えると、建築ってやっぱり目的じゃなくて手段なのだと思う。それは、作家性とかそういう問題にもかかわってくると思う。建築を目的とするならば、その作品に自分の名前が署名されることに意味があったりするんだろうけど、手段であるならば、目的が果たされるのならば、それは誰の作品でもいいわけだし。
1/1を作ることが、作家性とか物を作る喜びとかを感じることにしかつながらないとしたら、あまり面白い話じゃないのかなって。それが今喪失してて、それを啓蒙するっていうぐらいに深く考えてのことならいいけど。そうじゃないとしたら、やっぱりその先の議論に接続していかないと、と思う。あるいは、1/1を作ることについて、隈さんが言っていたように、ローカリティーの発露の可能性みたいなものをみてるとしたら、それはそれで面白いかもしれないけど。でも、そしたら東京だけでやるとしたら、違うよなって。
企画内容を知っているわけじゃないから、なんともいえないし、別にアーキTVについての話じゃないんだけど、もうちょっと学生は意識して建築に取り組まないという気がする。それは自分も含めて。今の30代とかもっとそれ以上の年の建築家や、それ以外の人が提出している課題とか問題に対して、自分たち少なくとも自分なりの見解や同意や違いの表明をしないといけないと思う。それを、単純に世代の違いとか考えが古いとか、自分はまだ勉強不足だとか、あの人が言っていることは案外普通だとか言ってごまかしてはいけない。
それは、山本さんの言う地域社会圏の話であったり、藤村さんの言う超線形設計プロセスであったり、あるいは建築とは違うかもしれない問題に対しても。自分はそれに対して同意なのかそうでないのか、あるいは保留の態度をとるのか。あるいは、新しい問題(それが本当に新しいことはなかなかないと思うけど)を提案しているのか。1/1という問題の立て方は、どの辺の問いかけについて答えようとしているのか。その辺ははっきり見えてくるといいよね。
アーキTVはそういうことがすごく伝わりやすい形で発信できる場だと思うから、問題の立て方はすごく重要な気がする。俺で言えば、赤レンガとかもそれをどう問題として立てるかはあるよね。Y-PACやフリペもまたしかり。

スケール1/1について思うこと

院試が終わってから、ちょっとここのところ読んでいなかった建築周辺以外の本を摂取。
さすがに、雑誌2冊、小説5冊、漫画14冊の新規購入はやりすぎた。
ライトノベルを2冊並行読みしつつ、1Q84を読み始める。
積読にしてる本もだいぶあるので、夏中に読み進めておきたい。

そういえば、アーキTV2009が本格始動しているらしい。
ツイッターをやってないからちゃんとフォローはしていないけど、どうやら今年は1/1がキーワードらしい。

今1/1というのも、なんだかちょっとぴんとこない感じ。
仮設で、手伝いではあるけども、1/1を実感した身としては、1/1はそんなに特別に意味のあるスケールではないような気がする。それは、自分が仮設で施工メインに関わっていなかったからなのか、1度やったから思うことなのか、自分の案ではなかったからなのかはちょっとわからないけど。
1/1を学生が作ると、確かにディテールとか、施工性とか、お金とか、工期とか、ほんとに学ぶことはたくさんあるのは言うまでもない。でも、それ以上に仮設の後は、ある種の達成感とかお祭り感のようなものがクローズアップされがち。と、さめた感じになるのは、あるいは仮設の打ち上げに私事で参加できなかった自分だから斜に構えているのかもしれないけども。

1/1を作ることにどういう意味を持たせたいと考えているのか。そして、どういう議論や問題やその後の話に接続させていくのかは、期待するところだし、ちょっと不安なところだ。
ただの、やったー完成したーおつかれー的なお祭りに終わってしまうのではない何かがなければならないのだと思う。
1/1を考えるってことは、同時にスケール全体のことを考える場でもあるのだと思う。1/2ではなく1/1。1/10でなく1/1。1/100でなく1/1でなければならない理由をだ。

4年の前期で自分として1番印象に残っているのは、様々なスケールを扱ったこと。1/1も体験したし、10,000㎡では、今まであまり意識してこなかったスタディのスケールをやっと気にしながらやった。それにキャンパス模型(1/400)もあるいは含んでもいいかもしれない。

スケールは伝達の問題にも関わってくる。1/1は自分の言いたいことを本当に1:1に100%伝達するかというと、そんなことはない。どっちかって言うと、1/1の空間には解釈の余地がありすぎる。
それに比べて、1/100の模型の持つ情報量は、量的に1/100なのかどうかは分からないけど、もしそう仮定するなら、伝えたいことを1/100に絞っているわけだから、解釈の幅は1/100で、より伝わるともいえる。建築は1/1の空間で伝達を行うのか、あるいは模型なのか、あるいは図面なのか、あるいは文章・言葉なのか、あるいは他の何かなのか。その辺のことに踏み込んだWSだと面白いのだろうな。

そして、アーキTVはいいとしても、赤レンガはいつ始動するのだろう?東大の院試後かな?

2009年8月13日木曜日

院試とは関係のないコト

昨日でフォリオのサインを両先生に頂き終わり、フォリオから即日設計・学科にシフト。
が、昨日帰宅後から腹の調子が最悪。
結局今日の即日練習は行かずに、家で学科とフォリオの直し。

作業の合間に、にわかに活気を見せているY-GSA山本スタジオのBLOGとかRAJのBLOGとか読んでた。
山本さんの言っていることと、藤村さんが言っていることは、結構興味を持ってずっとフォローしていることだけども、なんかいまいち自分の中でどうその2人の言っていることが上手くまとまってこない。
山本さんはBLOGで上野千鶴子さんとの話をとりあげていた。
ちなみに上野さんは思想地図VOL.2のジェネレーションの号に寄稿している。
藤村さんはご存知の通り、思想地図VOL.3のアーキテクチャに寄稿。
多分、思想地図の特集にどちらの話も顔を出している以上、何かこの両者の問題に接点があるような気がするのだけども、自分の中でそれがはっきりとしない。

山本さんの地域社会圏っていう話は自分の課題のテーマとしてもあって、卒計も山本さんが担当であるし、そのことをやっていこうと思っている。上野千鶴子の言う世代の問題(あるいは介護や家族の問題)を地域社会圏という考え方は解決していけると思うし、それに自分もチャレンジしたい。

そのことと、藤村さんのやっているような話がいまいちリンクしてこない。藤村さんがしきりに言っていること(超線形設計プロセス)は方法論の話でしかないからなのか。藤村さんの議論には、その方法論を用いてどういうものが作りたいのかという視点がない(意図的にその話は現段階でしていない?)からなのか。

横国の設計の授業で思うのは、プロセスはどういうルートでもいいからあるポイントをはずすべきではないという感じがする。かなりあいまいな感想だけど。たとえば、それは社会性というキーワードだったり、山本さんの言うリアリティの問題がポイントなのかもしれない。Y-GSAがスタジオ制でスタジオごとにあるキーワードとして掲げているのもそれだと思う。
一方、藤村さんは方法論を限定して、その方法論でどういう問題をも解くといっているように思う。問題設定よりプロセスを鍛える。

自分も含めて周りを見てみると、問題意識とかどういう理想像を抱いて設計するかということと、どういう方法論や手法(表現手法も含めて)を用いて設計をするかということのバランスがまだまだ取れていないというか、全然水準として低いのだろうなと思う。
そして、そのどちらに対しても議論の行われる機会は極めて少ない、というギロンについてのギロンは横において置くとしても…。
プロセスも目的もどっちも大事に決まってんじゃない、といわれればそれまでなのだけど、急に自分の中で2人の言っていることがそういう問題系なのかなと感じた。あれ?結局自分の中でまとまってんのか?

という、なんか意味の分からない自問自答の文章になった。

ということで、なんとなく自分の中での今後しばらくの問題系が、「方法論とその先の目的について」ということになりそうな気がする。

これは、院試とは全然関係ないコトのようだけど、やっぱりそう考えると、Y-GSAのスタジオ制は目的設定の話とプロセスの話の両方を考える場所としていい環境な気がしてならない。という自分のモチベーションにつながっていたりする。

2009年7月31日金曜日

アサガタ

最近なるべく朝型の生活にしようと思っている。
課題中なんかは完全に夜型の生活だけど、院試の勉強とかはやっぱ夜やると頭に入らないし。
村上が結構朝型で行動してるので、一緒にコンペやってるとリズムがとれて助かる。

コンペは残り3日で、まあ、何とかなりそう。
コンペ後は怒涛の勢いでフォリオと勉強をせねば。
フリーペーパーの完成は結局試験後かな…。

今日は国大橋の公開審査をちょっとだけ見た。
日野さんや田井さんの組のプレゼンを見て、先生のプレゼンを見るって言うのは何か不思議な感じだった。
国大橋誰が獲ったのかは、途中で帰ったので知らないけれども、実現すれば横国も少しは開かれた学校になりそう。

2009年7月26日日曜日

ナツヤスミ

なんだかんだでほとんど夏休み。
院試は迫っているものの、課題に追われないと言うのはすごく精神的に楽。

ルーフトップの企画は、とりあえずスケジュール的に厳しいので延期に。
延期した分しっかりやりたい。
フリーペーパーは、1号の原稿はなんとなく形になってきた。
ルーフトップに間に合わせる必要がなくなったので、ちょっと余裕ができた。

このところは、ポートフォリオとコンペ。
フォリオは過去の図面を書き直しているけど、ちょっと直すだけで、だいぶ良く見える。
どれだけ半年前の図面が下手だったかってことだ。

コンペは村上と3日提出のやつをやってるけど、結構ギリギリか?
昨日敷地を見てきて、結構面白くなりそうだけど、スケジュールとの勝負になりそう。

なんだかんだで、大体スケジュールとの勝負なんだね、何事も。

2009年7月21日火曜日

自分がいる位置はどこか-相対座標

週末の国際会議の手伝いは、思いのほか面白かった。
手伝い自体より、内容が。
国際建築教育会議は世界中の大学から建築教育のドンたちが集まって話し合う。

グローバル化と情報化が建築教育に何をもたらしたか。
世界のどこの学生も似てきてしまっている、という指摘は正直ショックだった。
グローバル化によって得られるべきものは、基準や規制の統一ではなく差異の発見だと思う。
このような国際会議が行われること自体に意味がある。
コミュニケーションの拡大と差異そして共通点の認識。

会議の後、スタッフの打ち上げで東大の学部生(4年生)と話したりした。
同じ国内でも、大学が違えばかなり考え方に違いがある。
もちろん国大がY-GSAで日本では特異なスタジオ制を取り入れているからということもあるけど。
ほとんど異文化コミュニケーションに近かった。

差異を発見すること。そしてその差異はどのような豊かさを生み出しうるか。
「あいつらは、全然違うから、話になんねー」という態度ではいかんのだろうなー。
なんとも異文化コミュニケーションは体力のいることです。

でも、建築の教育者も日々悩んでいるというのは、学生としてうれしい限りで、
その悩みに報いる学ぶ姿勢を示していかなければならないと思った。

2009年7月19日日曜日

課題終了 そして夏

4年前期の課題は木曜日に無事提出、講評を受けて終了。
まずは、手伝ってくれたヨウスケ、オオサワ、いのはらに感謝。
ほんとに、助かりました。 このお礼は必ず!

最後の1週間は、設計を大幅に変更しないで、どうやれば自分の考えてきたことを伝えられるかに終始。
リサーチ部分のボードの出来と、模型の出来はそれなりに出来たかと。
図面の書き方と、プレゼンには悔いが残る。

講評では次につながるようなことをたくさん聞けたし、それは、自分以外の人への講評も同じこと。
特に、山本さんがおっしゃっていたリアリティの問題と、その伝達の重要性は改めて痛感した。
ポートフォリオをまとめながら、もう一度伝達の努力をしたいと思う。

昨日から東大での建築国際教育会議の手伝いに参加。
明日は最終日で朝早いけど、終わった後の懇親会で他大の人と話したい。

会議の内容はすごく刺激的。
なんだけど、仕事をしながらなので、いまいち内容をフォローできていない…。
ぜひ書籍化を。東大出版会さん。

昨日は3年の池田とちょっと話をしたけど、普段話さないやつと話すのは、やっぱり気づかされることが多い。
議論というか、共に学べる、共に考えれる、共に行動できる人をもっともっと増やしていかないと、とやっぱり思う。

フリーペーパーは今月末の1号完成を目指してるけど、今週末は執筆進まず。
月曜からの数日で原稿を完成させなければ。

フォリオ、院試と相変らず気を抜けないけど、充実した夏にしたいと思います。

2009年7月10日金曜日

最後1週間とその後にむけて

昨日が課題のプレ講評。
設計はだいぶできて来たけども、断面とか細かいとこの設計を早急に終わらせなければ。
一応設計は終わっていたのと、来週がいよいよ最終講評なので、先生方からもプレゼンについてのアドバイスも頂けて実感としては良かった。
後は作業するだけなので、とにかく手を動かす。

今日は建築ゼミの発表。
卒業設計の計画については、正直まだ良く考えられていないけど、今の段階での考えを少しまとめられた。
郊外問題と情報化社会について扱いたいと思っていて、今回の課題では郊外の問題にタッチできていると思うので、最後までやりきりたい。

あとは、今日3年生の課題を少しエスキスしてて思ったけども、最近設計のプロセスが自分の中でやっと身についてきた気がする。
4年にもなってやっとかって感じだけども。
3年生の課題は共同設計だから、プロセスを共有しないとうまくいかない。
今振り返ると、自分のときの3年の課題が上手くいったのはそのおかげな気がする。
で、次の住宅課題もプロセスが上手くはまって、その後の集合住宅はプロセスがこけた。
プロセスを見直すと、こけた課題で考えていたことも、最終形だけでなく、冷静に分析できる。
この上手いプロセスを上手くはしらせて、卒計までつなげたい。
でも、まずは今回の課題でやりきる。

メモを取り/質問を考え/最後まで残りたまえ 「roundabout journal」
藤村さんのBLOGを読んでいて感じたけども、設計のプロセスと着地点の問題は逆説的でもなんでもなくて、やっぱ比例するのだと思う。
それは、自分がまだトレーニング段階にあるからなのか、プロセスがよくないと着地も失敗する。

この前のトークイベントについても書かれていたけども、
「『ジャンプするな』ってジャンプしろ、ただしその意味を考えろ」って意味だよ・・・。「『想像するな』って想像しろ、ただしプロセスのなかで」って意味だよ・・・。
逆説というものはなかなかうまく伝わらないものだ。最後の方になって、全部わかる。関西のワークショップでも、首都大でもそうだった。だって「ジャンプしろ」「想像しろ」「後戻りしろ」だったら何も考えるきっかけにならないけれど、逆のことを言われるとよく考える。この二重性を理解してもらうには時間がかかる。

ってとこで、トークイベントのとき感じたもやもやの一端も晴れた気がする。
超線形プロセスは一見線形でしかないようだけど、そこには人がプロセスを実行している限りジャンプも想像も後戻りも含まれているわけだから、その点をもって非線形たりえてる。
最近、藤原さんに言われていることもそういうことのような気がして、自分がどういうプロセスのどういう段階にいて、その段階では何をやるべきなのか、良く考えて、でどんどんやれってこと。

とにかく、あとはやるだけです。

そして、その後もやるべきことは盛りだくさん。

早いようだった3ヶ月間も、それなりの成長を得られた気がするので、それを無駄にしない課題の着地点を見せたいです。

2009年6月30日火曜日

デンタツ

この2日間のはなし。
日曜日は12時ごろから渋谷に行って16時頃からエヴァ:破を見る。
何を言ってもネタバレになりそうだからなかなか難しい。
19時過ぎから藤村さん×濱野さんの講演@青山。
これについてのレヴューは明日あたりアップして、藤村さんにも読んで貰えるようにしたい。
家に帰って、BOOKOFFから届いたマンガをざっと読んで寝る。
カサハラテツローの『スコペロ』はテンポが良い。
氷川へきる『ぱにぽに』は相変らずテンションがなぞ。でも笑ってしまう。

今日は結局大学での試写会には行かず、やっと届いた劇場版のエウレカセブンを見る。
これまた、ゆっくりレヴューしたいと思う。
他にアニ・クリ15というNHKの企画のDVDを見る。
アニ・クリ15は15本の1分間アニメを集めたオムニバス。

1分間でこんなにも多くのことを伝達できる。
だって、15本のうちの1本、林明美の「ナミダの向こう・・・」は1分間で泣いてしまう。

横国のプレゼンは長すぎると言われるし、下手だと言われる。
確かにこの作品を見るとそうも思う。

エヴァもエウレカもそうだけど、伝えたいと思うことを如何に伝えるか。
そして、如何に受け取れるか。
それを、すごく感じた。
そして、伝えるということ、作るということへの熱意もまた。



ちなみに、エヴァもエウレカも案の定、涙なしには見れませんでした。

2009年6月28日日曜日

ちょっとまとめ

何かが一段落した訳ではないけど、これまでのまとめ。
昨日フリーペーパー用のテキストを書いていて、整理してみたくなったからなんとなく。

まずはY-PAC結成が2年の11月。この時期に特に何かがあった訳じゃあない。
転換はアーキTVか。
アーキTVで他大学の建築学生の団体が何をやっているのかを見聞きして、初めて自分のやっていることが相対化され始める。これが3年の8―10月にかけて。
あとは、建築夜学校もこの時期だった。藤村さんやあずまんのやっていることに興味を持ち出す。
このころから、社会学系の本を読み出す。
そのちょっと前に理顕さんと上野千鶴子のあたりを読み出した方が先か?
アーキテクチャと思考の場所のシンポジウムが1/28。
今の自分の思考の中心はこの辺りのイベントに端を発している。

じゃあ、この思考の中に横国の建築としての要素がどう入っているのだろうか。
もちろん横国らしさとかはもしかしたら必要ないのかもしれない。
自分が意識しないで北山さん、飯田さん、西沢さん、山本さん、そして非常勤やAD系以外の先生、先輩後輩の影響は確実に受けているのだろうけど。

昨日の夜のヨウスケとのやり取りは、思いがけず自分の考えていることの整理になった。
ヨウスケの感じるイライラみたいなものは、自分自身も少なからず感じていることで、それを実際の行動で解消していくことでしか、先輩たり得ないんだろうなとも思った。
ぼやぼやしていたら、後輩に追い抜かされていく。

明日は、藤村さん×濱野さんのトークイベント。
ユリイカと思想地図VOL.3はとりあえずフォローしたけど、800円払うからなんか直接質問できればいいなー。
と、その前にエヴァ:破も見ておきたいところ。
どっちも、うまく咀嚼できれば、レヴューにしたいと思います。

後は、最近レヴューを立て続けにアップしてるのと、ラジオvol.5の宣伝してなかったのでぜひ。
感想コメントいただけるとありがたいです。

2009年6月20日土曜日

インプットとアウトプット

これまでにも何度か書いているけど、最近のインプットについて。

「ユリイカ 4月臨時増刊号 総特集 坂本龍一」 青土社
「ユリイカ 6月号 特集 レム・コールハース 行動のアーキテクト」 青土社
「映画的建築/建築的映画」 五十嵐太郎
「思想地図 VOL.2 特集・ジェネレーション」 東浩紀・北田暁大編
「思想地図 VOL.3 特集・アーキテクチャ」 東浩紀・北田暁大編
「神山健治の映画は撮ったことがない」 神山健治
「CONTINUE Vol.45 劇場版エウレカセブン」 太田出版
「CONTINUE Vol.46 エヴァンゲリオン新劇場版:破」 太田出版
どれも並行して読んでて、全部は読んでない。
他にもアニメ・マンガは相変らず雑多に摂取。

課題10000㎡の中間講評が木曜にあった。発表順が早くて十分ボードが作れなかったけど、多分後になっていても指摘される点は同じだったと思うから、早くにやってよかったと思う。
指摘されたことは、多分、早く問題を自分の中で明確にしろ、絞れということ。
そして、今更だけども、その問題についてきちっとリサーチして、きちっと表現しろということ。
つまりは、形云々の問題はその後なんだから、そこ早く終わらせないといけないと思うし、そこちゃんとしておかないと形なんて出てこない。
どっちが先ってこともないかもしれないけど、少なくとも形を納得させるには、調べておかないといけないことはたくさんある。
そして、その形を決めていく作業はすごく作業量がいるのだから、手を動かさないと間に合わない。

色々と自分の発表以外からも重要なことが聞けたと思う。

中間までが、色々な要素を調査・収集・比較して問題や課題や目的・目標を模索していた段階として、今後は1つの案の強度を高めていく時期なのかと思う。
敷地も扱う問題も変えないと思うから、今までしっかりとそこについてリサーチできていなかった分しっかりとリサーチを。

冒頭のインプットの話と何が関係あるかって言うと、物事にはリサーチって言うかインプットの段階(もちろんインプットの内容を定着させる作業としてのアウトプットはいるけど)と、アウトプットに専念すべき段階とがあるのかなーと、今更になって考えているってこと。
課題に関しては、もうインプットを早々に済ませてアウトプットに試行錯誤しなきゃならんのかなという段階。

なんとなく大学4年間の物事をアウトプットしたい時期に来ている。
それは自分個人については、課題・ポートフォリオが院試向けてマストであること以外にも、
卒計という名実共に集大成が迫っていることもある。
Y-PACは今後、特に来年以降どうして行くのかがあるし、継続的に質と量のあるアウトプットの場にならないなら意味があまりなくなってくる。
イヤーブックは頓挫した感がある。でも、出版にこれぐらいの困難があることはある程度覚悟していたことではあるので、うまく枠組みを引き継いで、形あるものにはしたいと思う。
個人的フリーペーパーは7月末までにかなんとかものにしたい。

来年以降、同世代の建築的枠組み(建築学生的という意味ではない)を作って行きたいと思っているので、そのためにも、今年はある程度人に見せられるアウトプットをストックしていかなければならないと思う。
それが、次のインプットの布石になるような。

2009年6月6日土曜日

今日を、そして明日を

先月の末に従姉が亡くなった。
享年32歳だった。
彼女はいとこの中で興味関心の方向が1番近くて、よく話をした。
遊びに行くと、とにかくずっと話し通して、帰るのももったいなくなって、よく泊らせてもらったりもした。

最近はずっと悪くて、いつかは来る日だと覚悟はしていた。
でも、やっぱり、そうは割り切れない。



彼女はとても穏やかに逝った。
多分、未練とか悔いとかはなかったと思う。

でも、今自分に突然、死が訪れたら、きっと悔いが残る。
僕は、僕の思ったように生きてきただろうか。

全部やらないと。
やっぱり、そうしないと自分を納得させられない。
全力でやらないと。
やっぱり、そうしないと自分を納得させられない。

いろいろとやりかけてること。
全部やります。

何十年かして、向こうに逝って、色々と面白い話を聞かせてあげられるように。
今は、少しだけさよなら。

2009年5月9日土曜日

niji

今日は敷地調査にお茶の水へ。
雨が降ったり止んだり。
でも、そのおかげで、神田川沿いの緑地から緑のにおいがすごく香って、よかった。
雨の日と、晴れの日では敷地の印象は全然違う。

24Hギロンは少ない人数で、色々とうまくいかなかったけど、でも、色々と気づいたこともある。
うまく言語化できないけども、形を作っていくことへの勇気というか。
みんな悩んでいる。

課題は中間に向けて形にしていかなければ。

色々な言葉に勝手に励まされて、うまく手が動き出す。

帰りの東海道線から虹が見えた。
虹を見たのは久々な気がする。

2009年5月2日土曜日

24H

来週はイヤーブックの参加者で24時間ぶっとおしのディスカッションを行う予定。
かなり急造の企画なんで、正直うまくまわるか不安。
だけど、内容は正直かなりどうなるかワクワクしている。
何かしら、得るもののある時間になればと思う。

今日は久々に24Hまるまる家に居た。
買いためていたLPとか聞きながら、割とのんびり作業。
のんびりしてる場合じゃないけど…。

課題は樫原さんのエスキスを受けてハッとする。
つまりは、今まで1ヶ月かけてやってきた設計のサイクルを1週間にしなければ、全駄目だってことだと思う。
北山先生が面接のときに言っていた、4年は色々手を出している時間はないよという言葉が身にしみる。
でも、前にも書いたけども、全部やって全部やりきる。それが目標。
ってか、そうしないと悔しい。
戦略は必要だと思うけど、それは、自分が成長するための戦略。
俺の戦略は、やることを減らして、うまく乗り切るのでなく、全部やって全部やりきること。
そうじゃないと、才能もセンスもない自分がこの先生き残れるはずもない。

同じ24Hをどれだけ濃く過ごせるのか。
それにはまず、早寝早起きに切り替えなくては…。

2009年4月25日土曜日

仮設コンペ終了

木曜日に最終講評があり、2週間でのスピード課題の仮設建築のコンペに結果が出ました。
僕たちのグループの案は残念ながら、実施案とはなりませんでした。
まずはじめに、手伝ってくれた1年生や2年のヨウスケに感謝です。ありがとう!


コンペ形式の今回の課題は、いつもの課題と違う後味が残った。

悔しい。
正直、ぐうの音も出ないほどに悔しい。

もちろん、得るものもたくさんあったし、それなりに評価してもらえた部分もあった。
でも、それの比にならないほど、悔しい。
勝てなかったことがなのか、色々やり切れなった自分がなのか、負けたことに色々もっともらしい分析をしてみていたりする自分になのか。

ちょっと今は冷静に分析できない。

容赦なく次の課題。10000㎡。

でも、2週間の時間で自分の中の何かがぎゅっと圧縮された感覚。
つかみかけた感覚が少しある。
もう少しで、縮退連鎖を起こして爆発するような気がする。

伸びている感覚に近いけど、もっともどかしい感じ。
あせりと、いらいらと、でも少しわくわくする。

明日はイヤーブックとY-PACミーティング。

2009年4月10日金曜日

あらためて、これから

ウェルカムパーティーを終え、打ち上げをして、片づけを大体終えて帰宅したのは8時か9時か。
その後、死んだように眠り、夕方起きる。
2日間が境目なく続いて、1日の出来事のように感じられる。

ウェルカムパーティー当日は主に会計やプログラムの進行状況の調整で、表に立って話すのは小泉に任せた。
でも、Y-PACのプレゼンのときPC操作をしながら新入生たちの前に居ると、改めて4年になったのだと思う。
パーティーはノンアルコールにも関わらず、かなり楽しんでもらえたようで、達成感はあった。
このパーティーで少しでも何かを感じとってくれた人が居れば、うれしい。

よくよく思い出してみると、Y-PACは2年の11月ごろ結成されて、3年の夏ごろいろいろと本格化して、
なんだかんだでいくつかの面白いことをやれた。
今年の1年間でどこまでいけるか。

僕自身としても今年はどこまでやれるか。
今後の人生にとっても、重要な年だと思う。
この1ヶ月半くらいは、ものすごい密度の日々の連続だったけど、
今年1年はもっと密度がなければスカスカな気がする。

1つの何かを終えて、1つの何かを始めていては遅い。

今日はほとんど1日休めたので、今からまた貪欲にやっていこう。

2009年4月4日土曜日

伝達と認識

明日はイヤーブックの編集会議。
それに向け必要な文章を書く。

最近はレジュメやら、企画書やら、メールやら、ToDoリストやら色々と書くことが多い。
口でしゃべって伝えた気になっていても、多くのことは忘れられる。
最近はミーティングを録音することが多いけど、後から聞きなおすと、結構改めて気づく事が多い。
レジュメを書いていかないと、ミーティングはいまいち上手くいかない。
自分の伝達しようと思っていることは、結構、相手に伝わっていない。

常に伝達には発信する側と受け取る側の認識に差がある。
書くことで伝わること、しゃべることで伝わること、描くことで伝わること。
あるいは、伝わらないこと。
いずれにしても、伝えたい、受け取りたいと思う気持ちがあるうちは良い。

伝える努力と受け取る努力をなんだか、今になって意識した。
最近自分の言葉は他人に厳しすぎるとか指摘されたからだと思う。
確かに、そう認識されているのだから、そうなのだろう。
気をつけよう。

このBlogが何かを誰かに伝えられているかどうかは分からないけども、
この前読み返したら、結構面白かった。

自分に伝達することも、また大切。

2009年3月31日火曜日

模型のおわり

とりあえず、昨日の夜をもってキャンパス模型製作プロジェクトは、終了。
今日飯田先生のチェックを受けて終了だけども、僕と小泉は別件の打ち合わせで出かけるため、
見届けられず。
また、後の資料まとめなどは残っているにしろ、とりあえずは。

手伝ってくれた2年生、3年生、と4年生にひたすら感謝。
中には、300時間ぐらい労働してくれた人も。
本当に役に立たない石塚でしたが、皆さんのおかげで何とかかんとか完成を見ることができました。
また、全体打ち上げで改めて、お礼を言いたいですが、ひとまず感謝です。

何かを実際に組み上げて行くには、絶対に多くの人の協力が必要だとひしひしと実感した2週間でした。

今後もやること盛りだくさんだけれども、ひとつやり切れて、本当に良かった!

まずは少し寝ます!

2009年3月29日日曜日

選択の地

昨日届いたDVD-BOX交響詩篇エウレカセブン。
見始めたら確実に止まらなくなりそうなので、特典映像の第51話「ニュー・オーダー」だけ見ることにした。

見たら、案の定号泣したわけだけど。

このブログのタイトルもこの作品から引用しているぐらいだから、かなり自分の中でのバイブルに近い作品。

選択の地とは、第09話「ペーパームーン・シャイン」で登場する、ある宗教の聖地シウダデスデルシエロという場所のこと。
僕は今回の旅行で、キリスト教の聖地のひとつ、巡礼最後の地サンチャゴ・デ・コンポステーラに行ってきたのだけど、聖地と呼ばれる場所には何かしら選択を迫る力があるように思う。

旅の途中、雨に打たれて、でも予約した夜行の列車には時間が早くて、バックパックも重いし途方にくれて、なんだか泣きそうになりながら、サンチャゴの教会に入った。
その中で、色々と考えた。
色々と、思っていたことを書き綴ってみて、色々とはっきりとした。
今回の旅のなかで一番印象的な時間を過ごした。

僕はサンチャゴの地で何を選択したのか。
実は自分でもよく分かっていないのだけれども、何かを選び取った気がする。

そんなことを、号泣しながら思い出した。

2009年3月27日金曜日

佳境と楽しみ

模型プロジェクトが佳境です。
スケジュールも何とか組みなおせて、ギリギリながらも何とか終わる見込みです。
帰国したときにはどうなるかと思ったけども、この10日あまりのメンバー・ボランティアみんなの頑張りにより、良い物が完成しそうです。
キツキツのスケジュールではあるけども、毎日楽しく作業をできて、今まで話したことのなかった2、3年生ともたくさん話せるのはひそかな毎日の楽しみ。

今日は、些細なことでイラッとして、ガラにもなくきれかけてしまったけど、黙々と頑張ってくれている2、3年生を見ていると、自分のなんと器の小さいことかと実感させられます。
残り少ない作業日をいっそう楽しく過ごせればと思う。

明日はイヤーブック編集会議。
やっとこさ、動き出します。

色々と普通に考えれば必要のないことを全部やって、やりたいことも全部やって、全部形にして。
それでしか、今日のイラッとしてしまった言葉への答えにはならないだろうから、全部やってやろうと思います。

2009年3月19日木曜日

やるべきこと

キャンパス模型プロジェクトで出力しなければいけないデータを作成していたら、いつの間にか朝になった。
こういう生活をしているから、昨日とかダウンしてしまうのだろうな。
時差ぼけもあるのかしら。

やるべきことが多すぎて頭がこんがらがったので、小泉のアドバイスもあり、toDoリストを作ってみた。
すごく整理できたけど、同時にくらっとした。
でも、全部やりたいことだから、削れない。
共倒れだけが心配…。
でも、がむしゃらにやらなければとても時間は足りない。
もう2週間で大学3年は終わる。
あと1年しか大学生活はない。
焦ってはいけないけど、どうしたってあせる。
楽しいからついやってしまう。
でも、設計でもそうだけど、自分は何を1番やりたかったのかを見失いがち…。
時には、思いついたことを切り捨てなければならないのかも。
何せ、大学生活は1年しかない。
失敗も、挫折もあるかもしれない。
けど、やってみる勇気を忘れたくない。

今寝たら明日も模型作業に行けなくなりそうなので、もう寝れません。

2009年3月18日水曜日

旅の終わりと色々の始まり

2週間のポルトガル・スペイン旅行から戻ってきました。
旅は色々なことを考えさせてくれました。
膨大に考えたこと、インプットしたことを何らかの形で、この先、表現していきたいと思う。
特にY-PACの方では旅をした人で紀行文を書こうという話が出ているので、その形になると思う。

色々なプロジェクトに手を出したまま2週間も日本を離れていたため、大変なことにはなっていた。
けど、何とか最後まで動かせそう。
模型PJは急務。
ウエルカムパーティーがその次。
イヤーブックと仮設の案だしがそれに続く。
そのほかにも、個人的にやることはかなりある。

でも、なんだか、色々とやることで、自分が1ヵ月後、もしくは2週間ぐらいで色々経験できる気がする。
旅も自分を成長させるけど、自分が動きさえすれば、それもまた自分を成長させてくれると思う。
2ヵ月後の自分は確実に今の自分と違うと思う。

2ヵ月後にこの記事を読んで自分はどう思うだろうか?

とりあえず模型PJのデータが重過ぎてPCが悲鳴をあげてる今日この頃です。

2009年3月1日日曜日

行って来ます

今日の昼12:05発の便で出発です。
結局どたばたと準備して、何か忘れてるような気がします。

Y-PACラジオを土壇場で更新しました。
お暇なら是非聞いてみてください。
ポルトで友達と1瞬合流できそうなので、
今度のラジオ用に何か話でも撮れればなーと思います。

緊急に用事がある人は携帯に電話をお願いします。

では、行って来ます。

2009年2月28日土曜日

地図を描く身体

タイトルは、『10+1 42号』の副題より引用。
旅の前に読もうと買ったけど、読めなかった。

3月1日から16日までポルトガル・スペインに行ってきます。
身体を動かして、実際に見て聞いて触って歩いて手に入れた事柄は、確実に何かを自分に与えてくれる。
安藤忠雄が言っていた、知識の肉体化とはそういうことなのか、と思う。

ワールドマップは、まさに身体が描いた地図になっていって欲しい。
今回は、色々な土地にY-PACerも行くので、ワールドマップも少しはにぎやかになると思う。

旅で歩いているときは、歩く以外することがないので、よく色々なことを考える。
その時間が、好きだ。

まだ、準備が終わっていないけども、まあ、何とかなるか。
冬の旅行は荷物が重い。
もう少し明日絞りたい。
荷物を絞ると、自分の生活に何が本当に必要で、何はいらないのかを分かった気になる。

帰ってきたら、やることは盛りだくさんだけど、とりあえず楽しんできたい。
そういえば、Y-PACラジオが編集終わったので、明日あげます。

2009年2月15日日曜日

自己不満足とNEXT STAGE

兎に角、多分一昨日の夜ぐらいから、どうしようもなく自分にいらいらしていた。
色々がひと段落して、次に何をするのか。
やるべきことは、たくさんあるけど、その中に自分が本当にしたいことがないような気がした。
自分を拡張していきたい。この欲求を満たすものがない。
自分を革命した。この欲求を満たすものがない。
どうしようもない自己不満足。
たかだか22年とちょっと生きてきただけで、何かになれたわけもなく、今の自分に唐突に不満になる。

自己満足のためのアウトプットでもインプットでもない。
自己不満足のためにアウトプットし、インプットしている。
自己満足した自分に不満を持たなければいけない。

だから、今晩ある人と密約を交わした。
次の段階に移りたい。
自己不満足がゆえに。

2009年2月13日金曜日

出版について

何度か書いているけど、横国建築3年の課題をイヤーブックとしてまとめる計画がある。
それもあって前に買っていた、『STUDIO VOICE』の2008年7月号を読み返してみた。
この号は「new printed matter 本は消えない!」という特集。
出版はかなり楽しい作業になりそう!
だけど、まず動き出してくれるかどうか不安。
動かなかったら、まあ、勝手に何かしら出版しちゃうけど。
Y-PACの方も個人的には出版までもって行きたいと思ってる。

今後はスケジュールはどうすんだって感じになってきた。
まず模型プロジェクトは顔を出せてないし、なのにちゃっかり旅行は行くし、
イヤーブック動き出したら3月~5月はそれで、仮設とか入ってきたらもう、ぎゃーって感じだし、
院試どうすんのだし、もう夏まで何もかも時間がない!!

とりあえず明日はY-PACミーティングと、その後模型でバイト。
バイトもなんだかやめ損ねた感があるし。

2009年2月7日土曜日

森山大道講演会@YNU

今日は大学で写真家・森山大道さんの講演会を聞いてきた。
以下、印象に残ったところを列記。
・何でもとりあえず撮っちゃう
・画角大きめでざっくりとっちゃう
・トリミングをためらわない
・ちゃんと撮れるカメラなら機種とか拘らない
・自分の写真を誰かが使ってても腹は立たない
・政治的な物言いはしないし、そういう写真にもしたくない
・ぼちぼち東京を撮りはじめた

この前の磯崎さん同様、結構なご高齢だけど、そうは全然見えないパワフルさがあった。
まとまって写真を見たことはなかったけど、これを機に少し探してみてみようと思う。

その他まとまっていないながら、考えたこと。
・主観的な見方や考え方の膨大な積み重ねが、あるとき客観性を得るのかもしれない。
・それは、客観性というより社会性に近いかもしれない。
・写真はその時、その場所にいなければ撮れない。このことは写真にフィジカルな情報を付加している。
・メタな視線は圧倒的な情報の上に成り立つが、その情報はベタでフィジカルな行為によって集積される。
・メタな分析は最終的にベタでフィジカルな行為のレベルに還元されるべき。

てな感じで、講演会に絡んで考えたメモ的テキストを列記。

あと、亡念のザムドが全部終わったけど、良かった。
「天空のナウシカセブン」などと揶揄されていたけど、ナウシカについては意図的に意識している作りだっだし、エウレカセブンは同じ制作会社の同じ路線の先行作だから意識せざるを得なかったと思う。
自分でもエウレカ越えできるかなーとか思いながら見ていたし。
いわゆるセカイ系の物語は「僕と彼女とセカイ」の話なのだけど、「僕と彼女と~と○○と…と(以下略)とがセカイの一部」というスタンスにザムドはなっていたのかな、とか今のとこ思う。
この辺がエウレカより腑に落ちた気がする要因だと思う。

何かを語って世界を語った気になってはいけなくて、自分とその周囲は常に世界の一部でしかない。
そんなの、めちゃくちゃ当たり前だけど、つい自分の周りが世界だと思ってしまいがち。
小さなコミュニティが乱立して、そこに共同体内での幻想が生まれていく様子は、「私たちとセカイ」というある種のセカイ系の話でしかなくて、何か違うなーと思う。
常に私たちは世界の一部でしかない。
メタな話をしても、その話はやっぱさらなる上部構造の一部でしかない。

全然まとまってないけど、なんとなく夏からこっち考えてきたことが収束しつつある気がする。

2009年2月6日金曜日

所属講座選択とか

色々来年に向けての動きが出てきた。
とりあえず、第1回の講座希望は第1希望を設計・意匠の8講座、第2を建築史・建築美術の1講座に。
今年は8講座希望多そう…。
卒業設計で希望出したけど、できれば卒論もやりたい。
卒論にならないまでも、何か論文としてまとめられる研究は、個人的に来年はしようと思ってる。

イヤーブックはちょっとづつ具体的な動きが出てきた。
ポートフォリオと連動しつつ、上手くまとめたい。
それに向けて、今週末から設計やり直します。

新建築2月号に第22回建築環境デザインコンペティション「100m立方の環境ユニット」の結果が載っていた。もちろん選外佳作にも引っかかっていないけど。
でも、「おっ!」と思うような作品はなかった。
もちろん自分たちが作ったものは、プレゼントか完成度とか表現とかの点で全然足元にも及ばないと思うけど、考えたことはかなり良かったと思う。
もちろんそれを上手く伝えられなければいけないけれども。
だから、悔しい。

でも、未熟ながらもアウトプットしたことで得られた悔しさとか自信とかもろもろだと思う。
アウトプットの未熟さを恐れちゃいけない。
後で見て恥ずかしく思えなければ、成長できてないってことだし。
水没コンペのときもだけど、がむしゃらにアウトプットするのも間違ってないと思うよ。 >小泉

2009年2月3日火曜日

キャンパス模型プロジェクト始動

とか、色々走り書き。

今日から横浜国大のキャンパス模型製作プロジェクトが本格始動。
思っていたよりたくさんのメンバーが集まり、楽しくやっていけそう。
どの学年も、自分の課題の最終提出・卒制ヘルプと建築が忙しい日々が続いて、ちょうどいいテンションになってる感じ。
特に卒制ヘルプで学年間のつながりはだいぶできたようで、いいタイミングに始動できたと思う。
この先1週間ぐらい、試験とかぶるけども上手く滑り出すといいのだけれども。

次は3年のイヤーブックを始動させたい。とりあえずデザスタ選択者はしらみつぶしに声をかけていくしかないかな。これ読んでいる人で、イヤーブックの話知らない3年いたら連絡を。

卒制講評会は全部聞けなかったけども、やっぱり色々と考えさせられる。
特に、来年自分もやるとなると、見方も去年とは違う。
講評会後に先生2人にインタビューをさせていただきました。
その模様はY-PACradioに近日中にアップ予定です。乞うご期待。

旅行の計画もとりあえずチケットはOK。
3月1日にリスボンから入って、15日にバルセロナから出て16日着です。
ポルトガル楽しみーーーー。

試験&院試も忘れないように…。

2009年2月1日日曜日

アーキテクチャと思考の場所とかザムドとか

シンポジウム「アーキテクチャと思考の場所」はすごく良かった。
最近の自分の思考と志向にストライクなメンツと内容。
まず初の生磯崎新だったし。
内容については、Y-PAC review で詳しく書いてます。

今更ながら磯崎さんの考え方にしびれた。
著書を一冊も読んだことなかった自分が恥ずかしい。
今ある本を一掃したら、読もうと思う。
パネリストの一人、浜野さんの『アーキテクチャの生態系』を読み始めた。
これは、一気に読めそうな雰囲気。

溜まってたアニメを少しづつ見出す。
ザムドの最新話は、じんわり泣けた。
誰かが死ぬわけでもないのに、泣けた。
ある種の暖かい部類の涙。
次で最終話。不思議と名残惜しさがない。

2009年1月25日日曜日

最近のインプットについて-雑食

最近夜にちょっとづつ課題で散らかった部屋を片付けて、今日やっと大体片付け終わる。
とくに、本棚を重点的に整理。
かなり読んでないとか読みかけの本があることに気づく。
10冊近くあるので、しばらくは読む系の本は買えない。

今読んでいる本は 著:槇文彦 他『見えがくれする都市』 鹿島出版会 。
課題のエスキスで西田さんに薦められたけど、結局終わってから読み出した。
まだ、途中だけど第1章がまとめになっているので、大体内容は把握。
課題に生かせそうだったヒントがちらほら。
いまさらながら、読んでおけばよかったと思うけど、まとめ直すときに生かしたい。
昭和50年代に行われた調査をもとに書かれているから、前に読んだ『東京から考える』と合わせて時間的に連続する。
その辺を、自分の中で上手く咀嚼したい。

たまたま、アマゾンのお薦めにあがってた 『ユリイカ』2005年10月号 青土社 が攻殻特集で、買ってみたら、神山健治・東浩紀の対談など、かなり熱い記事があった。
これも、読んでみると今更ながら、かなり考えさせられる。

雑誌系では、『STUDIO VOICE』2月号がyoutube・ニコニコあたりの視覚系アーキテクチャ全般の特集で面白い。
あとは、この前書いた『金魚屋古書店』とか。

色々雑食にインプットしてるけど、ここんとこ珍しく、アニメをぜんぜん見てない。
今期はガンダム00 2期・みなみけ3期・ライドバック・亡念のザムド・鉄腕バーディー2期あたりかな。
本命はライドバック・ザムドの2本かしら。

もうちょっと、純粋に建築なインプットもしないとなぁ。
アウトプットの計画は、色々と動き出しそうだけど、形になるのはちょっと先になりそう。
とりあえず、Y-PACのアーカイヴを整理するのが目下の目標?

2009年1月22日木曜日

「~ばか」になる楽しさ

最近他人の建築の手伝いをすることが多い。
高校の同級生の卒制、YGSAの先輩(徳野さん)の課題、田井さんの設計事務所のバイト。
自分のじゃない模型を作ったり、図面を見たりすると、本当に世の中には自分と違う考えの人がたくさんいるのだと実感する。
いつも建築の話をするメンバーはわりと固定されがちだから、新鮮ですごくいい。
そして、みんな楽しそうに建築をやっているのがすごく印象的。
今回の課題の自分は、少し楽しさを見失っていたと反省。

最近、『金魚屋古書店』という漫画をまとめ買いして読んだ。
漫画専門古書店を舞台にした漫画。
つまり漫画の漫画。
「漫画ばか」がたくさん出てくるのだけど、何かに夢中になれるばかは、本当に楽しそうだ。
Y-PACのモットーのひとつは「建築バカ」になるなだけど、「建築ばか」にはもう少しなっても良いなと思う。
『金魚屋古書店』については近々Y-PACレヴューに書くと思います。

といって、なかなか書かないけど。

2009年1月18日日曜日

ひとくぎり

15日に課題の提出が終わり、講評を受けやっとひとくぎりつきました。
まさかの発表1番手で、いまいち練れていないプレゼンになってしまったのが悔しい。
色々と反省したけど、でも、建築はやっていて楽しいという結論に戻ってこれたので、4年も楽しく設計をやっていけそうです。

春休みは意外と予定が盛りだくさんになってきました。
大学の全体模型プロジェクトとか、プロジェクトブックの作成とか、旅行とか。
なんだかんだで、大学も残り1年。
3年生の1年間は密度が濃かったけど、さらに濃い1年を送りたいと思う。

2009年1月4日日曜日

新年早々

久しぶりに風邪をひきました。
1日・2日と静岡の母方の実家に行って、帰ってきたところ、3日の朝から調子が悪くなり、1日中寝てました。
前厄だからでしょうか?
お払いはしてきたけども、やっぱ熱ぐらいは出ないと許してもらえないのでしょうか。

とりあえず何とか回復したけれども、設計を丸3日やっていないので、なんだかやばい気がします。
寝ていても、何かそれ関連の悪夢ばかり見ていた気がする。

1年の最初にやなことが済んだので、今年は後はいい事続くと思います。

皆さん今年もよろしくお願いします。